これをやると子育てが本当に楽になる、という方法があれば、みなさん知りたいですよね?
私が実践した方法で、本当に楽になったやり方があるんですよ。
それは、「親業」という本を読んで実践したことです。
親業って、なんだか、「運送業」とか「サービス業」みたいで、仕事の一種のような名前ですよね。
でも、ある意味、子供を育てる仕事ととらえてもいいくらい、大変で、頭を使って、忙しくて、地道な作業だと思います。
会社だと、初めての事でわからなかったら、上司や周りの人に聞いたり、自分で調べたり、マニュアルがあればそれを見たり、などで、乗り越えていけますよね。
子育てに関しても、もちろん、育児書も売っていますし、病院や保健センターで聞いたり、ママ友や自分の親に聞いたりして、アドバイスをもらっているという人がほとんどでしょう。
しかし、そうやって子育てをしていると、必ず行き詰る瞬間に突き当たります。
それは、一生懸命育ててきたのに、成長して反抗期に全然しゃべってくれなくなったり、という時にどうしたらいいのかわからないことです。
そうして、「どうしてこの子は、こうなんだろう」、「私の育て方が悪かったのかしら」と悩んでしまうことになります。
親業は、親子のコミュニケーションについて、詳しく解説している本です。
ここで紹介されている内容は、それまでの子供とのかかわり方が180度転回するようなことばかりです。
どのような内容なのか、私なりに簡単に説明していきましょう。
目次
親業とは?
親としてどうしたら子供を育てることが出来るか、ということについてアメリカのトマス・ゴードンという心理学者が生み出したもので、実際に親業講座を開いて、親業のやり方、子供との接し方についての訓練をしています。
そもそも私たちは、子供を持って親になっても、どうやって子供を育てたらいいのかについて知識を得ることも練習などもしていないのです。
当然学校で教わってもいないですし。
何より、自分のやり方が間違っているかどうかを的確に指摘してくれる人もいません。
中には、義母などが口を出してくるという人もいるでしょうが、そもそもその義母の子育てが虐待しているようなひどいものだったら、参考にしてはいけませんよね?
冷静に考えたら、そういう状況で子育てをするって、一種の賭けのようなものだと思いませんか?
そんな手探りのような状態で自信をもって子育てなんて出来ません。
親業の本は結構内容が濃くて、ところどころに難しい解説があったりするのです。
次からは、私が親業の本を読んで、なるほどと思ったことや、今すぐにでも実践できそうなことを、私なりに出来るだけわかりやすく説明していきたいと思います。
子供を受容する
周りの親子を見ていて感じるのは、世の中の親たちは、子供にあれこれと指示を出しすぎているような気がするということです。
公園で「今日は砂場で遊んだら?」と提案したり、レストランで「ハンバーグばかり食べないで、こっちのスープも飲みなさい」と指示したり、「男の子なんだから野球部に入りなさい」と言ったりすることもあるでしょう。
毎日毎日これだと、子供にとって、何かをやったり、言ったりすることにいちいち口出しされたり、指図されてばかりいると、子供はそのうち心を開いて話をすることがなくなるのです。
親は子供を受け入れているよ、という態度をとることが、必要です。
時には無言でもいいくらいです。(無視とは違いますよ!)
よく、カウンセラーの人たちって、相談者の話をじっくり聞くことに徹したりしますよね?
あれと同じで、相手に、私はあなたの言うことを聞いていて、かつ受け入れていますよ(否定しませんよ)という態度をとることが重要なんです。
子供が言葉で何かを言ってきた時だけではなく、まだ言葉を話せないか、黙って遊びに熱中している時にも親の態度は重要です。
本では、砂のお城を作っている子供の例が出てきます。
子供が作っているお城が、変な形でも、作るのに失敗ばかりしても、手伝ってと言ってくれなくても、「何もしない」ことで、干渉しないで受容している、という態度になるのです。
ついつい、親が手を出したりしがちなシーンですが、こんなところでも親の態度が影響するんですね。
また、子供が塗り絵をしているとしましょう。
はみ出して塗ったり(失敗した)、顔を緑色で塗ったりしていると、「ここはこうやって塗るんだよ」とか「顔は肌色でしょ」と言ったりするのも同じことです。
会話においても同じことが言えます。
そこで能動的な聞き方をすることが必要になってきます。
能動的な聞き方
例として、5歳の子供が、レストランで大人たちが話に夢中になっているので、退屈し、しびれをきらし、「みんな大嫌いだ!」と言って持っていたスプーンを投げたり、かんしゃくをおこすとします。
このように、子供が感情をあらわにした時、あなたならどんな対応をするでしょう。
一般的な対応
たぶん、普通はこういうことを子供に言うと思います。
「文句ばかり言わないの」
「もう連れてこないよ」
「黙って座っていなさい」
「あっちで遊んでいなさい」
「こういう時は、大人の会話に入ってくる子供だっているんだよ。あんたもそうなりなさい」
「どうしていつもわがままばかり言うの」
「私も嫌いな大人がいるよ」
「はいはい、あなたはまだ赤ちゃんだもんね」
「みんなの事がきらいだからそんなこと言うんだね」
「この前までははおとなしくできていたじゃない」
とりあえず、普通はこんな反応を示すでしょうか。
これ以外に、適当な言葉なんて、あまり思い浮かばないものです。
ひとまず、子供に黙らせて、その場をまるくおさめることが第一だと思うからです。
しかし、親業では、真逆の発想を用いています。
「ドアオープナー(扉を開く言葉)」

これは、親が自分の考えや判断、批判を与えず、子供自身に自分の考えを表現させるという方法なのです。
「そうか」「そうだよね」「本当かい」「ふーん」
「あなたがどう思うが聞きたいな」「あなたには大事なことみたいだね」「どういうことか話してみようよ」
そうして、子供に話を続けるように促すのです。
「いや、ちょっと待ってよ、わがまま言ってる子供にそんな風に話しかけるなんて信じられない」
と最初は思うかもしれません。
子供は、親がそのような言葉や態度をとると、「自分を受け入れてくれる」「尊重されている」という感覚を持つようになるのです。
どうしても、子供が相手だと、注意したり、一方的に親の意見や考え方を押し付けたり、何かしら批判しようと、ついついしがちですよね。
でも、それが、子供にとっては、みじめな気持ちになったり、親に反発したくなったりという感情を生み出す原因だということなのです。
能動的に聞いたらどうなるか?
じゃあ、どういう会話になっていくか、ここからは、私の想像になりますが、おそらくうちの子供だったら、こうなるだろうという例をあげてみます。
子供「みんな大嫌い!」と言って、スプーンを投げます。
私「そんなにみんなの事が嫌いなんだね」
子供「だって退屈だし」
私「退屈したからみんなのことが嫌いになったということなの」
子供「嫌いじゃないけど、早く帰りたい」
私「早く帰りたかったの」
子供「うん。早く帰ってプリキュアごっこがしたいんだもん」
私「プリキュアごっこのことを考えていたんだね」
子供「ママ一緒に遊んでくれる?」
私「いいよ。帰ったら遊ぼうね」
子供「じゃあもう帰ろ」
私「わかったよ。でもママが今飲んでいるコーヒーを飲んでからじゃダメ?」
子供「じゃあ飲んだら帰ろ」
私「いいよ」
こんな感じで会話が進むと予想されるのですが(笑)
こんな上手くはいかないよ、と思いますか?
もちろん、人によって微妙に話の展開が変わってくることはあります。
要は、子供の気持ちに寄り添う、同調して受け入れる、あくまでも子供の気持ちが表現できるように促していく、という理屈なのですが、それだけ聞くと難しいですよね。
でも、具体的なやり取りを見ると、それほど難しいことをやっているわけではないんですよね。
私の感覚だと、とりあえず、怒ってその場をおさめようとすればするほど、子供は反発して大騒ぎになるケースがほとんどです。
ひとまず同調してあげると、子供の気持ちが落ち着きます。
コントロールしようとしてはいけないのです。
子供から発してきたメッセージは、あくまでも子供に主導権を持たせたまま、会話が成り立っていくということでしょう。
別の例として、私の子供が小学校に上がった時に学校に行きたくないと毎朝泣いていた時に実際に交わした会話をあげてみます。
子供「学校行きたくない」(泣き出す)
私「そうか、学校行きたくないのかあ」
子供「うん、嫌だよ~」
私「じゃあ行かないことにするの?」
子供「う~ん」
(沈黙)
子供「なんで学校なんてあるんだろう」
私「なんでだろうね」
子供「幼稚園が良かったな」
私「幼稚園は楽しかった?」
子供「うん」
私「幼稚園は楽しいけど、学校は楽しくないんだね」
子供「楽しいこともあるけど」
私「今日は何か楽しいことありそう?」
子供「わかんない、先生はやさしいから好き」
(しばらく沈黙)
子供「行きたくな~い」(と言いながらランドセルを背負う)
私「行けそう?休むんなら連絡しなきゃ」
子供「ママ、ついてきて」
私「いいよ」
と、まあだいたい毎日こんなやり取りをして、お友達の家までついて行ったり、時には学校まで送り届けたりしました。
それもあくまで子供の希望によってです。
こっちは、学校に行ってほしくてやきもきしているので、悠長にこんな会話していられないのが本音ですが、とりあえずこうして能動的な聞き方をしていました。
おそらく、沈黙の間に、子供の中でも葛藤があったのだと思います。
だいたい、その葛藤の間に、親がしびれをきらして「行きたくないなら行かなくていい!」なんて言ったりしてしまったら、子供の気持ちは台無しですよね。
せっかく自分で決断しようとしているところを、親が先回りして勝手に決めてしまっているようなものです。
中には、こんなやり取りをしていては、学校に間に合わないから、とにかく行かせたくて、「みんな行くものだから行きなさい」と言っては毎朝喧嘩になってしまうという人もいるでしょう。
1年生で、まだまだ子供だと思っていても、「学校には行かなきゃな、友達もみんな行ってるし、勉強についていけなくなる」、などということは、わかっているのです。
そのことをあえて親が言わなくても、子供の中で行きたくない気持ちと、学校に行ったら大好きな友達と遊んだり先生とも会える、などというメリットとの整合性を考えて決断しようとしているのだと思います。
ちゃんとわかっているものなんですね。
実際私がこういう能動的な聞き方をするようになって、感じたことがあります。
「怒らなくていい」
「とにかく楽」
「親がどうしようかと悩まなくていい」
ということです。
子育てがなんだか楽になったかも!と思った瞬間だったのです。
判断を子供自身に委ねているので、自分が頭を悩ませなくていいのですから、これ以上に楽なことはないでしょう。
私メッセージを使う

私メッセージ、というのは、親である「私」が子供の行動によってどう感じたのか、を表すことです。
例えば、子供がふざけて蹴ってきた時に、「痛いなあ、あ~痛かった~、蹴られると本当に痛いから嫌だな」というのは、私メッセージです。
一方、蹴られたときに「何でそんなことするの。悪い子だね」というのはあなた(子供)メッセージと言います。
最初の私メッセージを聞いた子供は、状況を理解して、どうしたらいいのかを考えるきっかけを与えているので、これから成長していくのを助けることにつながります。
後の、あなたメッセージで発せられた言葉によると、あくまでも悪いのは子供だと断定しており、そういうことをしてはいけないという警告ともとれます。
ちょっとわかりにくいかもしれないので、もっと具体的な例を本の中からあげましょう。
間違った私メッセージ
ここであげるのは、私メッセージを送ってはいるけれど、否定的なメッセージしか送っていないパターンです。
高校生の娘が、デートに出かけて、夜の12時までに帰る約束をしたのに、午前1時半に帰ってきた時の会話です。
親「ママは、怒っているよ」
子供「遅くなったのはわかっていたけど帰れなかった」
親「今まで眠れなかったの」
子供「別に心配しないで寝てくれればよかったのに」
親「そんなこと言われても、事故にあったのじゃないかとか、もう病気になるくらい心配したよ。約束を守らないなんて、本当にがっかりした」
ここまで見ると、親は私メッセージで話してはいますが、否定的なことしか言っていませんよね。
ここで、気をつけたいのは、子供が玄関から入ってきた時に、本当は何を感じたかを表現すべきだということです。
親「あ~無事でよかった!帰ってきてくれて、ホッとしたよ。事故にでもあったんじゃないかと思って、とても心配だったんだよ」(と言って抱きしめる)
これを最初に言うのと言わないのとでは、その後の子供とのコミュニケーションが全然違ってくるのがわかりますよね?
私メッセージを使えばいいと思って、怒りの感情を思う存分子供にぶつけてしまう人がいるのです。
例えば、小さな子供がお店で迷子になったとします。
最初母親は、心配して、何か良くないことが起こったのではないかと怖くなるでしょう。
そうして、やっと子供を見つけると、心の中では「あ~良かった!無事だったんだ」と思うのですが、実際にこの通りの言葉って出てこないものです。
「もう、ママから離れちゃダメって言ったでしょ!」
「あんたは、いつもフラフラして、もう連れてこないからね」
と、まあ子供を非難するような言葉を使ってしまうのです。
怒り、というのは、このように、ほとんどが、相手のせいで自分が嫌な思いをしたという「あなたメッセージ」となって表現されるものとなります。
まとめ
ここまで「子供を受容する」、「能動的な聞き方」、「私メッセージを使う」ということについて事例をあげながら説明しました。
一度試してみると、子供との会話に変化が起きることに気づくはずです。
それまで、良かれと思って、やってきたやり方とは明らかに違うやり方ばかりなので、戸惑うかもしれません。
でも、この親業で取り上げている方法は、どの年代の子供に対しても効果のある方法なんですよ。
思春期の子供も、心を開いて、気持ちを表現するようになるに違いありません。